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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2651号 判決

控訴人

阿部興業株式会社

右代表者

阿部清国

右訴訟代理人

松嶋泰

外一名

被控訴人

藤井辰次郎

右訴訟代理人

木島英一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一主位的請求(共同不法行為責任)について

控訴人は、その主張にかかる更改契約の締結にあたり、被控訴人と原審相被告株式会社協同通商(以下、協同通商という)が共謀して、もと協同通商の所有に属した本件山林(引用にかかる原判決書の略称)がすでに第三者に移転ずみであり、控訴人にその所有権を移転することが不可能であるのに、殊更その事情を秘匿し、右山林があたかも協同通商の所有であるかのように欺き、控訴人をして同山林を取得することによつて協同通商に対する残債権の回収が可能であると誤信させ、前記更改契約を締結させたとして、被控訴人に共同不法行為者としての責任があると主張するのであるが、本件における全証拠を検討してみても、被控訴人が右共謀による詐欺的行為に出てたことはもとより、右更改契約に関与した事実をさえも認めるのに足りる証拠はないので、右主張は失当たるを免れない。

二予備的請求(準委任契約上の過失責任)について

被控訴人が司法書士として、昭和四四年一〇月一三日本件山林につき控訴人からその主張にかかる所有権移転登記申請手続の委託を受けたこと、それより一一日前の同年同月二日本件山林について協同通商より訴外株式会社野口物産への所有権移転登記が経由されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、同訴外会社への所有権移転登記が被控訴人の前記職務上の受託事務としての申請にもとづいてなされたことについては、被控訴人において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

控訴人は、司法書士の職務にある被控訴人としては、控訴人より本件山林についての所有権移転登記申請手続を受託した以上、直ちに登記関係を調査し、同山林がすでに第三者名義への所有権移転登記が経由されていて、控訴人への所有権移転登記が不可能であることが判明したときは、早急にこれを控訴人に連絡し、控訴人をして相当な善後措置を講ぜしめるべき注意義務があると主張する。しかしながら、被控訴人が控訴人より右登記申請手続を受託するにあたり、本件山林の実体上および登記簿上の権利関係を事前に調査するように依頼されたことを認めるのに足りる証拠もなく、たとえ被控訴人が右登記申請手続を受託した本件山林が、その受託の日から一一日前にみずから取扱つた協同通商より株式会社野口物産への所有権移転登記の対象物たる本件山林と同一物件であると気づいたとしても、不動産登記申請手続を適式に処理することを要請され、不動産についての実体上の権利義務の得喪変更に関与せず、またみだりに関与すべきでない司法書士として、さらに原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件山林に関する以上二件の所有権移転に関する契約がいかなる背後事情と権利関係のもとでなされたか知るよしもなく、ただ後日登記申請手続に必要な登記済権利証などの書類が完備するのを待つて受託の登記申請手続を処理するつもりでいたにすぎないことの認められるにすぎない事実関係のもとでは(当審証人野口喜兵衛の証言によれば、協同通商は株式会社野口物産より本件山林を買い戻し、控訴人にこれを譲渡できる権利関係にあつたことが認められるが、それはともかくとしても)、被控訴人が本件山林についての前記登記関係等を登記申請手続の依頼者たる控訴人に告げ、あるいは善後措置の助言をするなどの介入的行動に出なくとも、登記申請手続受託者たる司法書士の職にあるものとしての注意義務に欠けるところがあるということはできない。

〈証拠〉には、控訴人が協同通商とともに本件山林についての登記申請手続を被控訴人に委託した際、被控訴人において同手続のため必要とする本件山林の登記済権利証を預つている趣旨のことを述べた旨の供述部分があるが同部分は必ずしも正確でなく、右と矛盾する供述であつて採用に価いせず、かえつて〈証拠〉によると、協同通商において今手許に右移転登記申請に要する本件山林の登記済権利証がないため、近日中に持参すると述べたので、被控訴人は同権利証が持参されたうえで右登記申請手続をすることとして委託に応じたものであることが認められる。

なお、〈証拠〉によると、控訴人より被控訴人に右登記申請手続を委託したが、一向に登記を経由したとの通知がなく、そのうち昭和四四年一一月頃被控訴人より登記申請手続に必要とする控訴会社の資格証明書の有効期限が切れたため、新しいものを送つて貰いたいとの連絡があつたため、これに応じて新らしい資格証明書を送付したが、それは被控訴人としてはたびたび協同通商に登記済権利証を持参するよう催足したにもかかわらず、その持参がないままに登記申請手続が延引しているうち、右資格証明書の有効期限が切れたことによるものであることが認められこそすれ、他にことさら右受託にかかる登記申請手続の延引をはかり、あるいは受託者としての誠実な管理義務を怠り、控訴人が適時に適切な善後策を講ずることのできる日時を徒過させ、協同通商に対する残債権の回収を事実上不能に帰させたとする事実を認めうる証拠も見あたらない。

してみれば、被控訴人に司法書士として誠実に善良な管理者の注意をもつて受託事務を処理すべき義務をつくさなかつた点に準委任契約上の過失があるとする控訴人の主張も採用の限りでない。

三よつて、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、これを排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので棄却を免れず、控訴費用は敗訴当事者たる控訴人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 岡垣学)

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